グレゴリオ聖歌 グレゴリオ聖歌がブームになったのは具体的

グレゴリオ聖歌 グレゴリオ聖歌がブームになったのは具体的。30年くらい前、90年頃だったように思う。グレゴリオ聖歌がブームになったのは、具体的に言うといつのことでしょうか
また、時期だけでなく、そのブームがどのような感じだったのかご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください bcc。一昨年から。スペインのシロス修道院で録音されたグレゴリオ聖歌のが
ヨーロッパで爆発的に売れたそうで。海外のスクールなどでもグレゴリオ聖歌
をテーマにした講座が登場するなど。日本でも。昨年はちょっとしたブームに
なった。グレゴリオ聖歌。ローマ?カトリック教会の典礼礼拝のための音楽ですが。中世から現在
にかけて歌い継がれてきたものですから。ヨーロッパ音楽の源流といって
差し支えないのではないかと思います。 中世。ルネッサンス期。ゴシック期の
作曲家はいうに

グレゴリオ聖歌って何。原始キリスト教の時代 イエスが処刑されてのち。弟子たちは積極的な布教活動に
乗り出した。フランク王国がいち早く強大になったのは。国民の9割以上を
占める先住民ローマ時代から住んでいた人々の信仰するキリスト教に改宗
したグレゴリオ聖歌がブームになったのは具体的に言うといつのの画像。グレゴリオ聖歌。近年。音楽界ではグレゴリオ聖歌がブームになっています。 私の先生は音階と
言うのは人間の耳に合わせたのではなく。科学的に1オクターブを12個に分け
て。グレゴリオ聖歌は。現在の記譜法の基礎になったと言われています。

30年くらい前、90年頃だったように思う。当時町興しのイベントとして有志が集まって、500円のチケットで幼児連れ、サンダル履きでも木戸御免のクラシックコンサートのプロデュース、看板書き、パンフ作り、弁当運びなど五役、六役と雑用係を仰せつかっていた頃で、スタッフである商店街のオジちゃん、オバちゃんが気遣ったのか、追従のつもりか「いやぁ~グレゴリアンチャント聴いたけど、ああいうのもイイもんだねぇ」などと、ラジオで聞いたか、ディスクを買ったのか、盛んに話題を振られて往生したのを思い出す。確かにラジオでも取り上げられていたり、専門誌でも毎月のように広告が打たれていたから、ブームだというのは感じたが、こっちはソッチ方面に興味がなかったもんだから、コミュニケーションに齟齬をきたしてはならぬと思い、極めて技巧の高い相槌を要求されて冷や汗ものだった。当時はまだアナログレコードが現役だった時代で、民生用のテープレコーダーで録音されたカンターテ?ドミノというアルバムが「驚異的な高音質」とかでもてはやされ、ベストセラーになっていたように思う。行きつけのオーディオショップでも、検聴盤として利用されていて、付き合いでレコードを買わされたのを思い出した。それ以前から古楽を聴いていた者です。リアルタイムで知っていますが、ブームというほどじゃないですよ。いわゆる「癒しの音楽」みたいなものがブームになり、その流れでグレゴリオ聖歌に手を伸ばす人も少しいた、という程度です。売れたのはシャンティクリアChanticleerという合唱団です。それ以前のグレゴリオ聖歌は、ソレム修道院とかシロス修道院とかが主流で、一部のマニアしか聴かないものでした。シャンティクリアは現代のゴスペルなども歌うコーラス?グループなので、わりと聴き易い歌唱だった、ということもあります。シャンティクリアのCDが出たのが、1993年ですか。まあ日本で売れたのは1990年代の後半ごろかと思います。そのころ、ニューエイジとかアンビエントとかヒーリング?ミュージックと呼ばれるようなものが店頭に並んでいました。その手の音楽を集めたコンピレーションのCDで「feel」というシリーズが良く売れていて、その近くにシャンティクリアのCDも並んでいたものです。余談ですが、それらの中には少し宗教がかったもの精神世界とかスピリチュアルもあって、MASAYAというアーティスト教祖?のCDも置かれていました。おそらく金の力で売り場を確保していたものでしょう。元X-JAPANのTOSHIさんが宗教に首を突っ込んでいたと言われるのが、このMASAYAです。ウィキペディアに記述があります。「こうしたグレゴリオ聖歌の大衆的な人気を象徴する事件となったのがサント?ドミンゴ?デ?シロス修道院のベネディクト会士によるアルバム「CANTO GREGORIANO」のスペインにおける大ヒットである。、スペインEMI社は数年前に吸収合併したイスパボックス社の保有する音源の中からグレゴリオ聖歌を収めた2枚組のCDをリリースした。 これに際し同社には特にカタログの隙間を埋めるという以上の意図はなかったとされる。ところがこのCDは発売されるや並みいる人気アーティストを抑えてヒット?チャートのトップに躍り出て、翌1994年1月までに25万枚を超える驚異的な売上げを記録したのである[57]。」それ以外の影響についても記述があります。影響の項を参照してください。皆川達夫と服部幸三がNHK-FM「バロック音楽の楽しみ」でグレゴリオ聖歌を紹介した1970年代の頃。エニグマの「サッドネス」が流行った1991年あくまでエニグマが売れたのであってグレゴリアンチャント自体がブレイクしたのではないと思う

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